徒然なる哲学日記

徒然なる哲学日記

日常生活の出来事にたいする考察(セネカの倫理書簡124通の英訳からの訳を公開してます)

セネカ 倫理書簡91 ルグドゥーヌムの火災から得られる教訓について

 1. われらが友人のリーベラーリス*1は今、悲嘆に暮れています。ルグドゥーヌム*2の植民地を焼き尽くした大火災の知らせを受け取ったばかりだからです。こうした災害はどんな人をも動揺させるものですが、自分の祖国を心から愛している人物にはなおさらでしょう。しかしこの出来事は、彼が自分自身に心の強さを問い直すきっかけになりました。彼はそうした強さを、恐怖を引き起こすと思われる状況に備えて、鍛えてきたはずです。しかし、これほど予期せぬ、前代未聞の災害に(精神を)備えることができなかったとしても、無理はありません。文字通り、前例のないことなのですから。都市を荒らしただけの火災は沢山ありましたが、完全に奪い去ったことはありませんでした。たとえ敵の手により火が家々に投げかけられた時でも、多くの場所で火は消えました。新たな炎が絶え間なく生じても、剣になにも残さないほど*3完全に焼き尽くされることは殆どありませんでした。地震ですら、都市全体をひっくり返すほど激しく壊滅的なものは殆どありませんでした。つまりはどんな都市であっても、第二の火災に何もの残さぬほどの、大きな炎があがったことはなかったのです。2. 一つだけでも都市を有名にするほどの多くの美しい建物が、一夜にして失われてしまいました。このたいへん平和な時に、戦時に人々が恐れるよりもひどい出来事が生じたのです。誰が信じられましょう?どこでも武器は手放され、世界中に平和が広がっている時代に、ガリアにおいて高名なルグドゥーヌムが焼失したのです!

 運命というものは通常、大勢の人に攻撃を加える時、その全ての人々にこれから与える苦しみを予感させるものです。あらゆる大きな物事には、その破滅の前には、ある程度の猶予期間がありました。しかし今回の場合は、都市の最大の繁栄と完全な消失の間には、たった一夜しかありませんでした。言うなれば、この都市が滅びるまでにかかった時間よりも、滅びたことを君に伝えるのにかかる時間のほうが長いくらいです。

 3. これら全てがわれらが友人リーベラーリスを落ち込ませ、自分自身の災難に対しては堅固で毅然としている彼の心を折りました。彼が動揺したもの無理はありません。最も大きな打撃を与えるのは予期せぬものですから。突然の災害は重くのしかかりますし、驚きを伴うものは、死すべき人間にいっそう大きな苦痛をもたらします。

 4. ですからわれわれは、どんなことも起こり得ると予期せねばなりません。われわれの精神は、あらゆる事柄に前もって差し向けられるべきであり、何が起こるかではなく、何が起こり得るかを熟慮せねばなりません。というのも、運命がそう望む時、繁栄の絶頂から引きずり降ろすことがない存在などありましょうか?その栄華がより輝けば輝くほど、運命はより激しく襲いかかるのではないでしょうか?運命にとって煩雑なことや、困難なことがありましょうか?5. 運命はいつも同じやり方で攻撃するのではありませんし、常に全力を振るう訳でもありません。運命はある時はわれわれ自身の手を攻撃の手段として差し向け、ある時は運命自身の力で、代理人を用いることなく、われわれに危害をもたらします。運命の手を免れた時はありません。まさに喜びのさ中にあって、苦しみの原因が生じます。平和の真っ只中に戦争が起こり、われわれが保護として頼っていたものが、恐怖の原因へと変わります。友人が敵になり、同盟国が敵国になります。静かな夏に突然の嵐が起こり、冬の嵐よりも激しいものになります。敵がいなくとも、われわれは敵に加えられる(ような)運命の犠牲となりますし、災難の原因が他にななくとも、過度の繁栄はそれ自身が原因を見出します。最も節制してきた人を病気が襲い、最も強健な人を結核が、最も潔白な人を懲罰が、最も閑静な人を騒々しい暴徒が襲います。

 偶然は、忘れたであろう人々にその力を思い知らせるため、新たな手段を講じます。6. 長い年月をかけて多大な労力を費やし、神々の多大なる慈愛によって築き上げられたものが、ほんの一日で崩壊して霧散します。いえ、「一日」と言うのは、すぐに来る災害に長い時間の猶予を与えたことになります。帝国を破滅させるには、一時間で、一瞬で十分です!もしあらゆるものが生成する時と同じくらいにゆっくりと滅びるのであれば、われわれ自身の弱さとわれわれの作品に対して、いくらかの慰めとなったでしょう。しかし、成長への歩みは遅く、破滅への道は急速です。7. 公のことでも私的なことでも、安全なものなど何もありません。都市の運命と同様に、人の運命も変転するのです。最大の静穏の中に恐怖が生じ、動揺をきたす外的な原因が何もない時にも、予想もしなかったところから災いは湧き出ます。国内外の戦争に耐え続けてきた王国も、誰が揺り動かさずとも崩れ落ちます。繁栄を最後まで保ち続けた国は、どれほど僅かなことでしょう!

 ですからわれわれは、あらゆる不測の事態に熟慮を巡らし、起こり得る災害に対して自らの心を強固にする必要があります。8. 追放、拷問の苦痛、戦争、難破、これら全てについて考えねばなりません。偶然は君を祖国から引き離したり、祖国を君から引き離したりできますし、荒野に追放したり、群衆が息苦しく蠢くところを、荒野のようにすることもできます。われわれは好ましからぬ災いに圧倒されたり、あたかもそれらを初めて知ったかのように呆然とさせられることを望まないのであれば、人間の運命全体の性質を眼前に置き、それらの災いがいかにしばしば起こるかではなく、いかに最大限起こり得るかに、よく思いを馳せましょう。われわれは運命について、徹底的に熟慮しておくべきです。

 9. アジアの都市、そしてアカイアの都市は、どれほど頻繁に、一度の地震の衝撃で崩壊したことでしょう!シリアの、そしてマケドニアの、どれほど多くの町が、地震に飲み込まれたことでしょう!こうした破壊により、キュプロス島は何度荒廃したことでしょう!パポス*4は何度崩壊したことでしょう!都市全体が完全に破壊されたという知らせは頻繁にあります。しかしそのように頻繁に知らせを受けるわれわれは、世界全体の何と小さな一部分に過ぎないことでしょう!

 ですからわれわれは、運命の働きに抗うために立ち上がりましょう。そして何が起ころうとも、それが噂で語られるほど大げさなものではないことを知りましょう。10. 豊かな一都市*5が灰の中に埋もれました。属州の一つではあっても、それらの中で際立った存在でした。広大とはいえないただ一つの丘*6の上で、豊かに繁栄していたのです。しかし、今日われわれがその素晴らしさと雄大さを伝え聞くこれらのあらゆる都市も、時の経過と共に跡形もなく消え去るでしょう。アカイアでは最も高名な都市の礎がすでに消え失せ、かつてそれらが存在していた痕跡さえ残っていないのをご存知でしょう。11. 人の手によって作られた物のみが大地に崩れ落ちる訳ではありません。人の技術や努力によって建てられた物のみが、過ぎ行く時によって打ち倒される訳ではありません。山の頂上が崩れ、地域全体が沈み行き、かつては海を遠くに眺めていた場所が、今では波に覆われています。噴火の力はかつて赤く輝かせていた丘を貫き、かつては船乗りの励みであり灯台であった最も高い山の頂を、低地にしてしまいました。自然の営みそのものも、自らに破壊を加えます。ですからわれわれは都市の破壊を、平静な心で耐えねばなりません。12. 立っているものは倒れるのです!この運命は、全ての都市を待ち受けています。それは大地の内部の何らかの力や、道が塞がれているためにより暴威を振るう気息が、それらを抑えつけていた(都市の)重みを振り払うことによるのかも知れません。あるいは激流の渦が、地下水として潜伏しているためによりいっそう強力になり、その威力に抵抗するものを打ち砕くことによるのかも知れません。或いは猛烈な炎が、地殻の結びつきを破壊することによるのかも知れません。或いは何も逆らうことが能わない、時の経過が少しずつ滅ぼしたり、気候がもたらす疫病が住民を追い出し、荒廃した家々をカビが腐食させたりすることによるのかも知れません。運命の全ての道筋を語ろうとすると、キリがありません。しかし、次のことだけは分かっています。死すべき人間の営みはみな、死すべき運命にあり、われわれは生は全て、その真っ只中にあるのです!

 13. それゆえ僕はこうした考え、これらに類する考えを、信じがたいほどの愛情を祖国に抱いてる、われらが友人リーベラーリスに慰めとして供するのです。おそらく今回の破壊は、より大きな繁栄へと再び立ち上がるためにもたらされたのでしょう。災害はしばしば、より豊かな幸運への足がけとなりました。多くの建物の倒壊は、より高い建物を生じました。ローマの繁栄に恨みを抱いていたティマゲネス*7は、ローマに大火が起こった時に自分が悲しむ唯一の理由は、炎に焼かれた建物よりもさらに立派な建物が現れることを知っているからだ、とよく言っていました。14. そしておそらくこのルグドゥーヌムの都でも、あらゆる建物が失われたものよりもさらに安全に、さらに大規模に復活するよう、全ての市民が熱心に努めることでしょう。それらの建造物が頑丈であり、より大きな幸運に恵まれ、末永く存続せんことを!確かにこの都市は植民から百年になりますが、人間の一生の限度にも満ちません。プランク*8の先導により、その地の自然の恩恵が都市を大きく発展させ、今日ほどの莫大な人口を擁するまでになりましたが、人が老年に至るまでの時間の中で、どれほど多くの甚大な災禍に曝されてきたことでしょう。

 15. したがって、自らの運命を受け入れそれに耐えられるよう心を訓練し、運命が成し得ないことなど何もないことを知りましょう。つまり運命は帝国に対しても皇帝に対してと同じ権力を持ち、都市に対しても市民に対してと同じ権力を持つのです。われわれはこれらの災害に、不満を叫んではなりません。われわれはそのような世界に生まれて、そのような法の下に生きているのです。望むならそれに従い、望まぬならどこへでも好きな所へ出て行って下さい。君一人だけに不当な扱いがなされたというなら、怒りの声明を上げるのもよいでしょう。しかし、この避け得ない法則が最高位の者も最低位に者も同じ定めに置くのであれば、万物が溶け混ざる運命を歓迎するべきです*916. われわれの価値は墓土や、道路沿いを様々な大きさで飾り立てる記念碑で評価されるべきではありません。灰になれば全ての人は同じなのです!われわれは生まれた時は平等ではありませんが、死ぬ時は平等です。都市について言えることは、その住人にも言えます。アルデア*10もローマも、同じように占領されました。人間の法の偉大な創造者は、われわれが生きている間を越えてまで、著名な血統や名声でわれわれを区別することはありませんでした*11。そして、死すべき人間を待ち受ける最期が近づいた時、創造者は次のように言います。「野心よ去れ!地球の重荷となっている全ての生あるものには、同じ法が定められている!」あらゆる苦しみを耐え行かねばならぬという点で、われわれは同等です。他の人より弱い人もいませんし、他の人より、明日の自分の命が確かである人もいません。

 17. マケドニアアレクサンドロス大王幾何学(測量術)の学習を始めましたが、不幸な人物でした。それにより彼は、自分が奪い取った土地が、どれほど僅かであるかを知ったからです!不幸な人物だ、と僕は繰り返して言いますが、それは彼が、偽りの称号を背負っていることを知らしめられたからです。というのも、僅少なものにおいて誰が「大」王であり得ましょうか?彼が教わっていたのは複雑な科目で、学ぶには細心の注意が必要だったので、海を越えた先にまで思考を広げるような狂った人間に理解できるものではありませんでした。「簡単なことを教えてくれ!」と彼は言いましたが、教師はこのように答えました。「このような学問は誰に対しても同じであり、誰に対しても同等に難しいのです。」18. 自然がわれわれに、次のように言っていると考えて下さい。「君が不平を言っているような事柄は、誰に対しても同等です。私は誰にも容易なことは与えられませんが、望む人は誰でも、それらの事柄を自分にとって容易なことに出来るでしょう。」どのようにでしょう?平静さによってです。もし君が人間の中により長く留まることができたなら、君は苦痛や渇きや飢え、そして老いにも耐えねばなりません。病気や喪失や、死にも耐えねばなりません。19. もっとも、君の周囲でうるさく騒ぎ立てる人々を信じる必要はありません。これらのこと*12はどれも悪いことではありませんし、耐えられないことでも、重荷になることでもありません。それらの中に何か恐れるべきもがあるというのは、世間の一般意見に過ぎません。ですから死を恐れることは、噂話を恐れることと同じです。しかし、言葉を恐れるほど愚かな人がいるでしょうか?ですから、われらが友人デメトリウス*13は、次のように見事に言っていました。「私にとって無知な人々の言葉は、腹から出る音と同じだ。というのも、」彼は続けて言います。「それらの音が上から出ようが下から出ようが、私に何の関わりがあろう?」20. 評判の悪い連中に悪い評判を立てられることを恐れるとは、何と愚かなことでしょう!人々の噂話を恐れることに根拠がないのと同じように、人々が恐れるべきであると君に強いようとしているもの*14を恐れることも、根拠がないことです。善き人が不当な噂話から、何か害を被るでしょうか?21. ですから、こうした噂話によって、われわれは死に不当な概念を抱いてはなりません。死も悪い評判を立てられていますが、死を非難する者の中に、それを経験した者は誰もいません。

 ともかく、自分が知らないことを非難するのは思慮に欠けます。しかし、次のことはご存知でしょう。すなわち、死は多くの人々にとって救いであり、拷問や貧窮や苦痛や労苦から解放してくれるということです。死を支配下に置けば、われわれは誰からも支配を受けません。お元気で。

 

 

・英語原文

Moral letters to Lucilius/Letter 91 - Wikisource, the free online library

・解説

 ルグドゥーヌムの焼失から、ストア派らしい災いへの心の在り方を説く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:アエブティウス・リーベラーリス。セネカの親友であり、「恩恵について」は彼にあてて書かれた。

*2:現フランスのリヨン。この火災は後58年ないし64年の出来事と考えられている。

*3:略奪の余地がないほど

*4:キュプロス島の聖地

*5:ルグドゥーヌムのこと。

*6:ローマの7つの丘と比べて

*7:アレクサンドリア生まれの人物で、ローマに捕えられ、ローマで修辞学を教えた。

*8:前44年にガリアの属州長官になる。キケローの友人。

*9:死後に端魂が宇宙を溶け合うという、ストア派の死生観。シュタイナーを読めば、この思想は全く事実であることが分かる。

*10:ラティウムの首都。

*11:血統や名誉に縛られるのは生きている間だけで、神は平等に死を与えたということ。

*12:苦痛や病気など

*13:キュニコス派ギリシャの哲学者で、セネカの友人。書簡20,書簡62,書簡67参照

*14:即ち死や苦痛など