徒然なる哲学日記

徒然なる哲学日記

日常生活の出来事にたいする考察(セネカの倫理書簡124通の英訳からの訳を公開してます)

セネカ 倫理書簡84 思想の収集について

 1. 君のおっしゃるような旅、つまりは僕の怠慢を振り払ってくれる旅は、僕の健康と勉学のいずれにも有益であると思っています。なぜ健康に良いかはお分かりでしょう。読書への情熱が過剰なあまり、体のことをなおざりにして無精になっていても、人のお陰で体を動かすことができるからです*1。勉学についても、どうして役立つかをお教えしましょう。僕は旅の間ずっと読書を止めなかったからです。そして僕は、読書は必要不可欠なものだと考えています。それは第一に、僕が自分自身だけで満足しないようにするためであり、第二に、他の人の研究の結果について学んだ後に、その見解について僕自身の判断を下し、まだ結論づけられていないことに関して熟考するためです。読書は心に英気を与え、勉強の疲れを癒してくれますが、この癒しは、〔読書という〕勉強により与えられるものです。2. われわれは書くことと読むことの、どちらか一方だけをするのではいけません*2。書くばかりでは、陰鬱な気持ちになって、才知を摩耗してしまいますし、読むばかりでは、われわれの才知は弛み、薄められてしまいます。それらを交互に用いて、一方を他方と織り交ぜて、読書によって集積したものを書くことによって具体的な形にすべきです。

 3. 人々が言うように、われわれは蜜蜂を見習わねばなりません。蜜蜂は飛び回って蜂蜜を作るのに適した花を吸い、持ち運んだ蜜の全てを、巣穴に均等に配分します。蜜蜂たちは、われらがウェルギリウスの言うように、

流れる蜜を一杯に詰めて、

彼らの巣穴を甘さでいっぱいに膨らませる*3

 4. 彼らが花から得た液がすぐに蜂蜜になるのか、それとも集めたものが何かと混ぜ合わされて、彼らの生気の性質によってあの甘美な蜜となるのかは、定かではありません。というのも、ある研究者たちは、蜜蜂は蜂蜜を作る技術を持たず、集める技術を持つだけだと言うのです。彼らはこう言います。インドでは或る種類の葦の葉に蜜が見出され、それはその地の特有の気候によって生じる露か、あるいは葦そのものの液が、非常な甘味と豊かな味を得たのだと。そして、彼らはこうも言っています。われわれの地方の植物にもそれほど顕著にでも明確にでもないものの、似た性質を持つものがあり、この昆虫は、そうしたものから集めて回るために生まれついたのだ、と。また或る人々は、次のように考えます。最も柔らかな葉や花々から蜜蜂が吸い集めた物質は、保存され、丹念に蓄えられる過程において、発酵と呼ばれる作用によって異なる要素が一つに結び付けられ、この独自の性質を持つ蜂蜜に変換されるのだ、と*4

 5. しかし。われわれが論じている問題から別の問題に脱線してはなりません。われわれもまた、彼ら蜜蜂を見習い、様々な読書からかき集めたものを分類せねばなりまません*5。というのも、そうしたものは区分した方が保存しやすいからです。次に、自然がわれわれに授けてくれた、言うなれば生まれついて備わった知性と注意力を用いることによって、それらの様々な味を混ぜ合わせて、一つの甘美な味を作る必要があります。それの元が明らかな場合であっても、元とは異なるものを作り上げるべきです。これはわれわれの体の中で、自然が苦もなく行っていることです。6. われわれが摂った食べ物は、それが元の性質を保ち続け、消化される前に胃の中を漂っている時は負担になりますが、元の性質から変換されることで、血を巡り体を巡ります。われわれの高次の精神を養う栄養についても同じで、われわれが学んだことが何であれ、そのままにされておくことがないように注意すべきです。そうでないと、身になりません。7. われわれはそれらをよく消化しないといけません。さもなければ、単に記憶に残るだけで、理性の力にはなり得ません。そのような栄養を心から受け入れ、自分自身のものにしましょう。そうすれば、われわれが互いに異なる小さな数を足し合わせて一つの数にする時のように、沢山の要素から、一つのものが作り上げられます。これこそわれわれの心が行うべきことであり、自らの助けとなったものを全て隠して、その作り上げたものだけを見せつけるのです。8. たとえ君がある人物を尊敬するあまり、その人と似た性質が君の中に現れることがあっても、それは子が父に似るようなものであって欲しいと思っています。肖像画が本人に似るようにではなく。画は生きたものではありませんから。

 「それでは」君は言われる。「あなたが誰の文体を、誰の論法を、誰の鋭い見解を真似ているのかを、分からなくできるというのでしょうか?」手本を真の意味で手本にしたのであれば、分からなくできるでしょう。なぜなら、真に手本にするということは、原型となるものから引き出したあらゆる特徴を、結び合わせ、統一するというやり方で、独自の形式を刻印することだからです。9. 合唱隊が、いかに多くの歌声から成っているかをご存知でしょう?その多くの声から、統一された一つの声が生まれるのです。その一つの中に、高い声も、低い声も、中程度の声もあるのです。また男性だけでなく女性の声もあり、そこに笛の音も加わります。その合唱では個々人の声は隠されていますが、われわれが聴くのは、彼ら全員の声です。10. もっとも、僕が今お話しているのは、昔の哲学者たちが知っている合唱隊のことです。現代の演奏会では、昔の劇場の観客よりももっと多い数の歌手が参加しています。全ての通路は歌手の列で埋め尽くされ、観客席はらっぱ隊に取り囲まれ、舞台からはあらゆる種類の笛や楽器の音が鳴り響きます。しかし、そうした様々な異なる音から、一つの調和音が生み出されるのです。

 僕もこのような心を持ちたいと思っています。心には多くの学芸や、多くの教訓や、あらゆる時代から集められた多くの事例が与えられるでしょうが、それら全ては調和され、一つに溶け合うべきです。11. 「どうすれば」君はお尋ねになる。「それが可能になるのですか?」たゆまぬ努力によって、そして、理性の承認なしには何事も行わないことによって、です。そしてもし君が理性の声に耳を傾ければ、理性は君にこのように言うでしょう。「これまであなたをあちこちに走り回らせていた欲求を捨てなさい。所有者にとって危険物となるか、重荷となる富を捨てなさい。肉体と心の快楽を捨てなさい。それは君を柔弱に、軟弱にするだけです。高い地位への野心を捨てなさい。それは膨れ上がった、無意味で空虚なものであり、際限がなく、自分の前に誰かがいることにも、自分の後を誰かが追いかけることにも、等しく不安を覚える。それは妬みに、それも実のところ二重の妬みに苦しめられる。もしも妬みの対象となっている人が別の誰かを妬んでもいるとしたら、彼はどれほど惨めなことだろうか?」

 12. あの権力者たちの家々と、その敷居の向こうで、ご機嫌伺いの挨拶で騒々しくひきめいてる人々が見えますか?君はその門を通る時には侮辱を受け、中に入るともっと大きな侮辱を受けます*6。金持ちの家に続く階段や、大勢の人が集まって殺気立っている玄関前は通り過ぎて下さい。なぜならそんな所に近寄ることは、険しい崖の端に立つのみならず、滑りやすい地に立つことを意味するからです。そうではなく、君の眼差しを英知へと向け、至上の平和と豊かさへ至る、哲学の道を歩んで下さい。13. 人の功績の中で優れているように見えるものは何であれ、それが実は小さなものであり、最も低劣なものとの比較においてのみ優れているものであったとしても、困難で険しい道を通って、そこに至らねばなりません。それは偉大な高みへと至る、荒れ果てた道です。しかし、運命の力をはるかに超越したこの頂に登り着くことを望むのであれば、人々が最も高みにあると考えるあらゆるものを、上から見下ろすことができるようになるでしょう。その頂きへと至る道は、〔困難ではあっても〕単純なのです。お元気で。

 

・英語原文

Moral letters to Lucilius/Letter 84 - Wikisource, the free online library

・解説

 読書や勉強で得たものを、蜜蜂がやるようにうまく自分の中で熟成させて表現せよという教え。やたらに次から次へと未消化な内に知識を詰め込む現代の学校教育や、多忙で日々をゆっくり振り返る暇もない生活に浸かり切ってるわれわれには、耳の痛い書簡である。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:駕籠に乗って揺さぶられながら旅行することで運動になるということ。同様の表現については、書簡15書簡55参照。

*2:書くという勉強を、読むという勉強を

*3:「アエネイアス」1.432~433

*4:じっさい花の蜜と蜂蜜ではその成分は全く異なる。水分の発散や蜜蜂の唾液に含まれる酵素による分解作用により、蜂蜜の独特の甘みととろみが作られる。詳しくはwikipediaの「蜂蜜」の記事参照。蜂蜜が花の蜜と性質が異なることは、正しい観察だった訳である。

*5:この文章から連想するのは、シャーロック・ホームズが知識の整理について述べた、有名なセリフである。「『いいか』彼(ホームズ)は説明しはじめた。『僕は人間の頭脳は、原理的に小さな空の屋根裏部屋のようなものだと見ている。そこに家具を選んで設置していかなければならないが、手当たり次第に、いろんながらくたを詰めこむのは、おろか者だ。最終的に、自分に役立つかもしれない知識が押し出される。よくても、ほかの事実とごちゃ混ぜになり、けっきょく知識を取り出すのが大変になる。腕のいい職人は、脳の屋根裏部屋に持ちこむべきものを慎重に選ぶ。仕事に役立つ道具だけを持ち込むが、その種類は非常に豊富で、ほとんど完璧な順序に並べる。脳の部屋が弾力性のある壁でできていて、ほんのわずかでも拡張できると考えるのは間違っている。知識を詰めこむたびに、知っていた何かを忘れるときが必ずやってくる。要するに、使い道のない事実で、有用な事実が押し出されないようにするのが、最重要課題になるのだ』」シャーロック・ホームズ「緋色の研究」第二章「推理の科学」より。

*6:おそらく門番が客にいちいち難癖をつけ、袖の下を要求する様子を言っている。