徒然なる哲学日記

徒然なる哲学日記

日常生活の出来事にたいする考察(セネカの倫理書簡124通の英訳からの訳を公開してます)

セネカ 倫理書簡44 哲学と家柄について

 1. 君はまたしても僕に、自分は大した人物ではなく、まずは生まれ(家柄)が、次は運命が、君をぞんざいに扱ってきたと言い張ります。君は自分の手で自分自身を大衆から引き離し、人間の最高の幸福にまで引き上げることができるのに!哲学のよいところの一つは、決して家柄を気にしないことです。全ての人類は、その起源を辿ると、神々から生まれます。2. 君はローマの騎士であり、君のたゆまぬ努力が君をこの階級まで引き上げました。しかし実際のところ、14列*1から締め出されている人は大勢いますし、すべての人が元老院議場に入れる訳ではありません。軍隊にしても、労苦と危険に耐えうる人物を慎重に選びます。しかし、高貴な精神は全ての人に開かれています。この意味で、われわれは誰もが優れた人物になることができます。哲学は誰も拒絶したり、選り好みしたりしません。その光は全ての人を照らします。3. ソクラテスは貴族ではありませんでした。クレアンテスは井戸から汲み上げ、庭に水を撒く仕事に従事していました。哲学はプラトンを高貴な人物として見出したのではなく、高貴な人物へと作り上げたのです。ですから、どうして君はこれらの人物と同等になれるかということに関して、絶望する必要があるのでしょうか?君が彼らに適った方法で自分自身を導くなら、彼らはみな君の師となり得ます。そして、実際にそうなります。君が真の高貴さにおいて君を上回るものはいないとまず自分自身を確信させることができたなら。4. われわれは皆、同じ数の祖先を持っており、その始原が記憶の彼方でない人などいません。プラトンも次のように言っています。「全ての王は奴隷を先祖に持ち、全ての奴隷は王を先祖に持つ。*2」移り行く時の流れは、そうしたものを全て混ぜ合わせ、運命はそれらを振り回してきました。5. では、誰を高貴な生まれと言うのでしょうか?それは、生まれつき美徳への素質を備えた人物です。この一点のみが考慮されるべきです。そうでなければ、その他のあらゆるものは、昔に遡ると、それ以前には何もないという時点まで至らねばなりません。宇宙の最初の始まりから現在に至るまで、われわれはその起源から高い地位と低い地位を交互に繰り返しながら進んできました。煤けた肖像*3でいっぱいの大広間によって、人は高貴になるのではありません。われわに栄光を与えるために過去に生きた人などおらず、われわれより以前に存在したものは、われわれのものではありません。魂こそが、われわれを高貴な存在にします。そして、生まれがどんな状態であろうと、運命を超越して高みに立つことができます。

 6. そこで、君がローマの騎士ではなく、解放奴隷だと考えてみて下さい。もしそうであっても君は君自身の力で、多くの自由人の中でただ一人の自由な人間になることができます。「どうやって?」君は聞かれる。君がただ自分の意見を大衆に沿って変えることなく、善と悪の区別をすることができたなら。目を向けるべきは、そうしたものがどんな生まれに由来するかではなく、どこへ向かうかです。人生を幸福なものにする何かがあるとしたら、それ自体で優れた価値を持ちます。それは悪へと堕落することはあり得ませんから。7. では、全ての人が幸福な人生を切望しているのに、過ちが生じるのはなぜでしょうか?それは、幸福を生み出す手段を幸福そのものと見做し、幸福を求めながら、実際は幸福から遠ざかっているからです。つまり、幸福な人生の総体と本質は、不安から完全に解放されることであり、そのような自由の秘訣は揺るぎない自信であるにも関わらず、人々は不安を呼び起こすものをかき集め、人生の危険な道を歩む時、重荷を負うのみならず、自ら重荷を招き寄せさえします。それゆえ彼らは自分が望むものの実現からどんどん遠ざかり、奮闘努力すればするほど、自分自身を邪魔し、引き戻されます。迷路をあわてて抜けようとすると、こうしたことが起こります。急げば急ぐほど、彷徨うことになります。お元気で。

 

 

・英語原文

Moral letters to Lucilius/Letter 44 - Wikisource, the free online library

・解説

 立派な精神に生まれは関係ないということ。住む家は選べなくでも、好きな哲学者を親として、その財産(英知)を引き継ぐことができると、「人生の短さについて」の中でも述べられている。魂の高貴さに社会的な地位や財産が関係ないというセネカの主張は、この後も頻繁に登場する。

 

 

 

 

 

 

*1:劇場の前方14列は騎士階級のために確保されていた。

*2:プラトンの「テアイテトス」174E~175B

*3:家の大広間には竈があった