徒然なる哲学日記

徒然なる哲学日記

日常生活の出来事にたいする考察(セネカの倫理書簡124通の英訳からの訳を公開してます)

セネカ 倫理書簡27 永続きする善について

 1. 「なぜ」君は言われる。「あなたは私に忠告をなさるのですか?実際、あなたは自分自身への忠告を済ませ、自身の過ちを既に正されたのですか?それゆえあなたには、他者を改善する余裕があるというのですか?」いいえ、僕は自分が病気なのに同胞の治療を引き受けるほど、恥を知らない人間ではありません。しかし、あたかも同じ病室に共に横たわっているかのように、僕たち二人に関係する問題について君と話し合い、治療法を分かち合っているのです。ですから、僕が独り言を言っていると思って、僕の話を聞いて下さい。僕は君を胸中に招き入れ、君を証人として、自分自身と議論を重ねることにします。2. 僕は自分自身に、次のように叫びます。「お前の年齢を数えてみよ。少年時代に願ったものと同じものを望み、追い求めることが恥ずかしくなるだろう。次のたった一つのことを、お前の死にゆく日に備えて済ませておけ―—お前が死ぬ前に、お前の悪徳を死なせよ。大金を払わねばならない倒錯した快楽から離れよ。それらは来る時だけでなく、過ぎ去った後もお前を害する。犯罪にしても、たとえ罪を犯している時に発覚しなかったとしても、不安な気持ちが消えることはない。罪悪感を伴う快楽は、それが終わった後でも、後悔の念に襲われる。そうした喜びは実体のあるものではなく、信頼もできない。害を及ぼさないように見えても、それは束の間のことだ。3. より永続きする善を探し求めよ。しかし、魂が自分自身の中にそれを見出さない限り、そのような善は存在し得ない。美徳のみが、心を平和にする永遠の喜びを与える。たとえ何らかの邪魔があったとしても、それらは太陽の下に浮かぶ雲のようなもので、太陽に打ち勝つようなものではない*1。」

 4. 君がこの喜びを達成するのはいつのことになるでしょう?これまでの所、君は確かに怠慢ではありませんでしたが、歩みの速度を上げねばなりません。多くの仕事が残っています。それに立ち向かい、結果を残したいのであれば、起きている間の全ての時間と、全ての労力を惜しみなく費やす必要があります。これは人任せにすることのできない仕事です。5. 他の種類の仕事では、外部からの助けに頼ることがあります。われわれの時代に、カルヴィシウス・サビヌスという金持ちがいました。彼は解放奴隷らしい、財産と精神を持っていました。僕は裕福さと作法が、これほど大きく食い違う男を見たことがありません。彼の記憶力は非常に貧弱だったので、オデュッセウス、アキレス、プリアモスの名前さえしばしば忘れました―—われわれが自分の養育係と同じようによく知っている名前を。どんな老いぼれの奴隷秘書*2でも、人の正しい名前を告げられず、名前を出鱈目にでっちあげることがあったとしても、僕に言わせれば、サビヌスがトロイアやアカイアの英雄に対して行っていたほどひどい有様で、主人の一族の名を呼ぶことはありませんでした。それにも関わらず彼は、他人から教養があると思われたがっていました。6. そこで彼は、教養人への近道を思い付きました。彼は大金を払って奴隷たちを買い、一人にはホメロスを、もう一人にはヘシオドスを割り当て、さらには9人の抒情詩人*3のそれぞれに、担当の奴隷を任命しました。彼がこれらの奴隷に大金を費やしたのは驚くにあたりません。それらの奴隷を探して手に入れたのではなく、要望に沿って作らせたのですから。これらの従者を集めて以来、彼に招かれた客は皆ひどい目に遭いました。彼はこれらの供回りをいつも寝いすの足元に置いておき、復唱したい詩について繰り返し尋ねるのですが、それでも頻繁に言葉がつかえる有様でした。7. サテリウス・クラデアトゥスは、愚かな金持ちの道化であり、おべっか使いであり、(これら二つに付随する資質として*4)嘲笑者でもありましたが、サビヌスに、文法学者をおこぼれ拾い*5にするよう提案しました。サビヌスは、奴隷一人に十万セステルティウスかかってると言いました。サテリウスはそれに応えて言いました。「もっと少ない金額で、同じ数の本棚を買うこともできたでしょうに。」しかしサビヌスは、奴隷が知っていることは何でも、自分も知っていると言い張りました。8. この同じサテリウスはサビヌスに、格闘技の訓練を受けるよう勧めました―—病弱で、青白く、痩せていた彼に。サビヌスは言いました。「どうしてそんなことができよう?今だって殆ど生きていないようなものなのに。」「どうかお願いですから、そんなことは言わないで下さい」サテリウスは言います。「どれだけ多くの健康な肉体の奴隷を持っているか考えてみて下さい!*6」誰も健全な精神を借りたり買ったりはできません。実際、健全な精神が売りに出されたとしても、買い手が見つからないと、僕には思えます。堕落した精神は、毎日売り買いされていますが。

 9. しかし、僕の借金は返済して別れを告げましょう。「真の富とは、自然の法則に適合した貧乏のことだ」エピクロスは、様々な形や文脈の中でこのことを言っています。しかしこのことは、いくら学んでも学びすぎることはないので、頻繁に繰り返す必要があります。ある人においては、治療薬はその処方だけで済みますが、その他の人たちについては、薬を喉に押し込む必要があります。お元気で。

 

 

・英語原文

Moral letters to Lucilius/Letter 27 - Wikisource, the free online library

・解説

 「死ぬ前に悪徳を死なせよ」あまり有名ではないが、素晴らしい名言だと思う。死ぬ前に逃げきることだけ考えて、目一杯の悪徳を働く老害というのを、掃いて捨てるほど見てきた。(もっとも、霊的な観点から言うと逃げ切りなどあり得ないのだが)死ぬまでにこそ、自分の中の悪しき部分は改善されないといけない。そのような魂はきっと死を越えてまでも、その善は永続きすることだろう。

 また、後半の自分の奴隷に文豪の暗記させる男の話も面白い。哲学書の安っぽい解説本や、かいつかまんで人目をひきそうな部分だけ引用した新書などを有難がってる人についても、同じことが言えるだろう。Youtubeなんかで有名な本の稚拙な解説動画を出してる人なんかも同じである。熟読しろ。

 

 

*1:日の光を妨げることは出来ても、太陽の輝きそのものには何もなし得ない、という意味。美徳に対するセネカのこうした比喩表現は、この後も頻繁に登場する

*2:主人に付き添って出会った人の名を主人に告げる奴隷。Nomenclator…ラテン語で「名前を呼ぶもの」の意味。「その名さえ、召使がほとんど唇を動かさずに、主人の耳元で千回はささやかないと分からないときている。」人生の短さについて14.4

*3:アルカイオス、サッポー、ステーシコロス、イビュコス、バッキュリデース、シモーニデース、アルクマーン、アナクレオーン、ピンダロス

*4:恐らく道化にもおべっか使いにも、金持ちは嘲笑されているというセネカの皮肉。原文はarrosor…へりくだるもの arrisor…笑わせるもの(道化) derisor…からかう者、皮肉屋

*5:「おこぼれ拾い」は宴席で食後の後片付けをする係の奴隷で、アナレクタと呼ばれた。ここではサビヌスの頭からこぼれ落ちた言葉を、文法学者に拾わせろという皮肉

*6:沢山の奴隷に詩を暗唱させてもその頭では意味がないから、体でも鍛えろという皮肉