徒然なる哲学日記

徒然なる哲学日記

日常生活の出来事にたいする考察(セネカの倫理書簡124通の英訳からの訳を公開してます)

セネカ 倫理書簡1 自分の時間を守ることについて

 1. 親愛なるルキリウス君、君はそのように続けるとよいでしょう―—自分自身の目的のために自分を自由にし、今までに君から強奪されたり、くすね取られたり、あるいは君の手からこぼれ落ちてしまった時間を拾い集め、しっかりと守ることをです。次の僕の言葉を、君自身に言い聞かせて下さい―—ある時間はわれわれから裂き取られ、またある時間は気付かないうちに奪われ、ある時間は流れ去っていきます。しかし、最も恥ずべき時間の損失は、怠慢によるものです*1。さらに、もし君がこの問題を注意深く考察すると、人生の最も大きな部分が悪事をなしてる間に、大部分が何もしていない間に、全部分がくだらぬことをしている間に過ぎ去ることが分かるでしょう。2. 時間に何らかの価値を認める人、毎日の大切さを正しく評価できる人、人は日々死につつあることを知っている人がいたら、教えて欲しいものです。われわれは死は遠い日のことだと勘違いをしています。死の大部分は既に過ぎ去っているのです。われわれが背後に残してきた時間は、既に死の手の中にあるのです。

 よってルキリウス君、君が僕に書いてくれた通りに、君が現に行っているようになさって下さい。全ての時間を君自身のために使いなさい。今日なすべきことを大切にすれば、明日をあてにすることはなくなるでしょう。先延ばしにしてる間に、人生の大事な部分はあっという間に過ぎ去るのです*23. ルキリウス君。時間以外に、われわれのものなどないのです。自然はわれわれをこの時間の所有者として送り込んだのですが、この移ろいやすく過ぎ去りやすい時間は、誰でもわれわれからその所有を剥奪することができます。死すべき人間は、何と愚かなのでしょう!彼らは最も陳腐で無駄な、容易に代えのきくものを獲得し、その価値を認め、貸しとするのに、時間という最も素晴らしい財産に対して、自分が借りがあると考えないのです。時間とは、どれだけ謝意を尽くしても返済できない借り物だというのに。

 4. 君に好き勝手に説教する僕がどうなのか、君は知りたがっていることでしょう。正直に白状すると、僕の出費は贅沢ではあります*3。が、節度を保っており、バランスはとれているはずです。何も浪費していないなどとは言えませんが、何をどのように失っているかは把握しているつもりです。僕はどんな理由で貧乏なのかを、君に説明することができます。しかし僕の場合は、自分自身の落ち度のせいで貧しくなったのではない多くの人たちと同じ理由でそうなっています。皆大目に見てはくれますけれども、助けにきてはくれません*4

 5. では、どう考えればいいのでしょう?量は少なくとも彼にとって十分なものが残されている限り、僕はその人を貧乏な人とは思いません*5。しかしながら僕は、君が真に君自身のものを大切に守り、義務に対して遅れをとるようなことがないようにして欲しい。酒樽が空になる直前で(酒の量を)節約しても遅いからです。底に残った酒は量は最小で、質も最低です。お元気で。

 

 

・英語原文

Moral letters to Lucilius/Letter 1 - Wikisource, the free online library

 

・解説

 「人生の短さについて」と合わせて読んでみると面白い部分が多い。この訳は光文社新訳古典文庫のものがもっとも訳が美しくオススメである(倫理書簡集の訳もやって欲しかった…)。樋口勝彦氏訳を現代語にしたもの、をネットで無料公開してくれてる人もいるので、すぐに読みたいという人は参考にされたい。「人生の短さについて」にはセネカ哲学のエッセンスが非常に豊富に含まれているので、これを読んでから倫理書簡集を読み進めると、いっそう理解が深まる。

 さて、本書簡においてセネカのいうところの「時間」には「自己」の意味がある。「時間を大切にしろ」とは「自分自身の意見や考えを大切にしろ」という意味でもある。人間はとかく他人に振り回された人生を送りがちで、自分は本当はどうしたいのか、どう考え、感じたいのかということが自分で分かっていない人達が多い。セネカに言わせるとそういう人たちは、時間をつまり、自分の人生を無駄にしているのだ。他人の為にあくせく苦労する人間は、一見すると道徳的なように見えて、その実は強い他者依存や承認欲求があったりする。それは、本当に自分がやりたいことをしているとは言えない。自分自身と向き合い、自分の時間を大切にして生きろ、とセネカは言っているのだろう。セネカ自身、政治家として多くの人に振り回される人生を送ってきた。そんな彼にとっては、哲学こそが、本来の自分を取り戻り、魂に活力を与えられる場であった。だから彼は哲学を礼賛するし、彼の哲学書は最も優れたものなのである。

 

 

*1:「ここで、最悪の事例の一つとして、酒と性に関することにしか時間を使おうとしない連中にふれておきたい。なぜなら、これほど恥ずべき時間の使い方をしているものはいないからだ。」人生の短さについて7.1

*2:「ところが、先延ばしは、人生の最大の損失なのだ。先延ばしは次から次に、日々を奪い去っていく。それは、未来を担保にして、今このときを奪い去るのだ。」人生の短さについて9.1

*3:もちろん時間の消費のこと

*4:時間の損失はやはり取り戻せない

*5:「だが、どれほどささやかな財産でも、有能な管理人の手に委ねられれば、上手に運用されて増えていく。これと同じように、われわれの生涯も、それをうまく管理できる人にとっては、大きく広がっていくものなのである」人生に短さについて1.4