徒然なる哲学日記

徒然なる哲学日記

日常生活の出来事にたいする考察(セネカの倫理書簡124通の英訳からの訳を公開してます)

セネカ 倫理書簡21 僕の手紙が君にもたらす栄誉について

 1. 君がくれた手紙に書かれているような人達は、問題の多い連中だと考えているのですか?最も大きな問題は君自身の中にあります。君がつまづく原因もそうです。君は自分が何を望んでいるかも知りません。正しい道を承認はしていても、それに従うことはありません。真の幸福がどこにあるか理解はしていても、そこに到達する勇気はありません。何が君を妨げているのか、君自身で見極められないというなら、お教えしましょう。

 君は、自分が放棄すべき今の状態を、何か重要なものの一つだと考えており、君の望む理想的な平穏な状態に至らんと決意した後でも、君の今の生活に魅了されて、そこから逃れたがっていた状態へと引き戻されます。まるで、穢れた闇の中に陥ろうとしているかのように。2. これは間違いです、ルキリウス君。君の現在の生活から退くことは、進歩を意味します。これは、単なる輝きと、光それ自体の間にある違いと同じです。後者はそれ自身に明確な源を持ちますが、前者の輝きは借りたものです。それは外側にある照明によって引き起こされ、光源と対象の間に立ちはだかる人は誰でも、その輝きを濃い影に変えます。しかし、もう一方の輝きは、内側から生じるものです。

 君を輝かせ、卓越した人物にするのは君自身の勤勉さです。3. エピクロスの例について、述べさせて下さい。彼はイドメネウス*1に手紙を書き、単なる派手な名声から、確固たる不動の名誉へと呼び戻そうとしました。イドメネウスは当時国家の重鎮で、厳格に権力を行使し、国の大事を抱えていました。「もしも」エピクロスは言います。「君が名声というものに惹かれているのなら、僕の手紙が、君が重要だと見なし、君を重要だと見なす全てのものよりも、君を遥かに名誉ある存在にするだろう」4. エピクロスは嘘を言ったでしょうか?エピクロスという哲学者が自分の手紙にその名を刻まなかったなら、誰がイドメネウスを知っていたでしょう?あらゆる大公や行政官、さらにはイドメネウスが称号を欲して請願した王自身も、深い忘却の彼方に沈んでいきます。キケローの手紙により、アッティクス*2の名前は消滅を免れています。アグリッパ*3を婿に、ティベリウスを孫娘の夫に、ドルースス・カエサルを曾孫に持ったことも、アッティクスの役には立ちませんでした。これらの強大な名前の中にあって、キケローが彼を自身に近づけなければ、決して彼の名はか語られることはなかったでしょう。5. 私たちは時の流れの深みに覆われます。少数の偉大な人達が、そこから頭を上げて、やがては同じ沈黙の領域に去る運命だとしても、忘却と戦い、長きに亘ってその地位を保持することでしょう。

 エピクロスが彼の友人に約束したことを、僕も君に約束します、ルキリウス君。僕は後世の人々から好意を受けるでしょう。僕は自分のそれと同じだけ長く続く名前を、共に連れていくことができます。われらが詩人ウェルギリウスは、二人の英雄の名前*4に永遠を約束し、その約束を守り続けています。

二人の英雄に祝福を!私の歌に力があるなら、

あなた方の名は時の本に刻まれ、その記憶は決して消えることはない。

アエネイアスの末裔の館が不動の岩にそびえ、

ローマの父が国を護る間は。

  6. 幸運により出世を果たしたり、権力者の手足や手先になった時はいつでも、その人がその地位を保っている間は、人々から多大な好意を受け、家には友人が押し寄せますが、その地位から離れると、人々はすぐに彼を記憶から消し去りました。しかし、天才の威厳については、それが受ける敬意はますます高まり、その人自身に名誉が生じるだけでなく、彼の記憶に付着したものも全て、人から人へと受け継がれていきます。

 7. イドメネウスが僕の手紙に無料で紹介されたことにならないように、彼自身の財産で支払って貰いましょう。エピクロスはイドメネウスに向けて、次の有名な言葉を書き送り、彼の友人のピュトクレスを、低劣で、いかがわしいものではない方法で、金持ちにするよう促しました。「もし君が」エピクロスは言います。「ピュトクレスを豊かにしたいのなら、彼の財産を増やすのではなく、彼の欲望を減らしてやりたまえ*58. この教えは説明の必要がないほど明白で、補足の必要がないほど見事です。ただし、一点だけ君に警告させていただくなら、この言葉が富にのみ当てはまるものだとは考えないで下さい。どのような問題に当てはめても、同じことが言えます。「もしピュトクレスを名誉ある人にしたいなら、彼の名声を増やすのではなく、彼の欲望を減らしたまえ」「もしピュトクレスに永遠の喜びを与えたいなら、彼の喜びを増やすのではなく、彼の欲望を減らしたまえ」「もし年老いたピュトクレスの人生を充実させてやりたいなら、彼の寿命を増やすのではなく、彼の欲望を減らしたまえ」9. こうした言葉がエピクロスだけのものと考える必要はありません。これらは公共の財産なのですから。われわれは哲学においても、元老院でいつもするのと同じようにするべきです。即ち、誰かが動議を出し、僕がその動議に部分的に賛成する場合、僕は彼に、動議を二つに分けて提出するよう頼んでから、賛成した部分に票を投じます。ですから、エピクロスの優れた言葉を引用することを、いっそう嬉しく思います。なぜなら、悪しき動機でエピクロスに逃げ込み、彼らの悪徳の隠れ蓑を探そうと考えている連中に、どの学派に所属していようと、立派に生きなければならないのだと教えてやれるからです。

 10. 彼の園*6に行き、そこにある碑文を読んで下さい。「客人よ、ここに留まることは君に善をもたらすでしょう。ここでのわれわれの最高善は快楽です」その家の管理人である親切な世話係が、君のために準備を整え、大麦粉で君をもてなし、たっぷりの水を給仕してくれて*7、次のように言います。「十分に満足いただけましたか?」「この園は」彼は言います。「あなたの空腹を煽るのではなく、空腹を鎮めます。また、飲むほどに喉が渇く、などということもありません。自然の治療、それも金のかからない治療によって、喉の渇きを癒します。この『快楽』の中で、私は年をとったのです」

 11. しかし、君との話の中で僕が言及している欲求*8は、その低減を拒むものであり、鎮めるためには格別の配慮を必要とします。つまり、引き延ばされたり、懲らしめて押さえつけられたりする必要がある訳ですが、こうした(自然の欲求からは)例外的な欲求に関して、君と分かち合うべき僕の考えをお伝えしましょう。(飢えや渇きといった)かの欲求は、自然に即していますが、この欲求は、自然に即していません。そうした欲求には、なんの借りもありません。そこに何を費やすかは、個人の自由ですが*9。空腹は諭すことができず、要求し、催促もしてきますが、厄介な債権者ではありません。借りているものを少し与えれば、与えられる全てを与えなくても、鎮めることができます。お元気で。

 

・英語原文

Moral letters to Lucilius/Letter 21 - Wikisource, the free online library

・解説

 哲学がもたらすのは、地位や財産から得られる仮りそめの名声ではなく、真に長続きする偉大な栄誉である、という意味。哲学が人生を永遠のものにする、というのは「人生の短さについて」に詳しい。

 また、後半のエピクロスの教えなどは、岩波文庫の「エピクロス 教説と手紙」でいくつか実際に読めるものがあるので、興味のある人は参考にされたい。

 ここまでで2巻である。2022年の目標は達成した。遅くとも月に1巻のペースで進めて、2年以内に完成させられればと思う。

 

 

*1:エピクロスの友人。作家であり政治家。

*2:キケローがアッティクスに宛てた書簡は現代まで残っている。

*3:アウグストゥスの腹心だった。アッティクスの娘と結婚し、その娘アグリッピーナティベリウスと結婚

*4:トロイの勇者ニッスゥスとその友エウリュアルス

*5:エピクロス「教説と手紙」(岩波文庫 青606-1) P111 「もし君がピュトクレスを富ませてやりたいなら、財貨を増やしてやるのでなしに、かれの欲望を少なくするようにしてやりたままえ。」

*6:いわゆる「エピクロスの園

*7:エピクロス「教説と手紙」(岩波文庫 青606-1) P114 「水とパンで暮しておれば、わたしは身体上の快に満ち満ちていられる。」

*8:飢えや渇きといった自然の欲求ではなく、出世や地位・財産への欲求

*9:出世や地位や財産といった、世俗的なものに対する欲求というのは、どうしても満たしてやらねばならないものではない。多大な労力を費やして満たそうとするのは勝手だが、それは(借りがないので)本来ならば払う必要のない金を費やすことになる、という意味。