徒然なる哲学日記

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日常生活の出来事にたいする考察

職場の「リアクション芸人」達に思うこと

 他人の噂話にいちいち騒ぎ立てて、「マジで?」といい歳をしてみっともない言葉を使って盛大なリアクションを取るおばさん達。何も具体的な指示を出せない癖に、部下の仕事にいちいち「それでいいのか」などと勿体ぶったリアクションをとるおっさん達。彼等は美しい自然の営みや人の心の繊細な機微には鈍感なのに、あらゆるどうでもいいことにはとても敏感に反応し、盛大なリアクションを取る。自分のリアクションが美少女のそれだと思っているのかも知れないが、実際のリアクション芸人達はただやかましくみっともないだけで、何の役にも立たないどころか周囲へは害毒にしかならない。これも、仕事は他人事だから、職場では観客気分でリアクションを取ることが自分の尊い使命だと思ってるが故の行動だろう。

 

 コロナウイルスはリアクション芸人の大好物で、彼等は「コロナとの戦い」だの「勝負の3週間」だのと、抽象的で何がしたいのかさっぱり分からないスローガンを掲げ、単にリアクションを取るだけで、自分が何か盛大な困難に立ち向かってるのだと周りに思い込ませようとしてるし、本人もそう思ってそれを生きがいにして、ある時は勇敢にもクルーズ船に乗り込んだり、ある時は40万人もの人が死ぬと予言したり、ある時は都庁を赤くライトアップしてアラートを発動させたり、ある時は「神のみぞ知る」といった素晴らしい自作のポエムを披露する。

 

 リアクション芸人は必要もないのに大きな物音を立て、無駄に動き回り、やたらと大声で話す。周囲を威嚇してるのか、自分は仕事を立派にしているとアピールしているのか、リアクション芸人らしく非常にやかましい。それでいてアクションを起こす人の手柄を横取りしようとしたり、横槍を入れようとして、真面目で大人しいが、しっかりとアクションを起こす人に対して大袈裟なリアクションを取ることで妨害するのだ。

 

 リアクション芸人に主体性はなく、彼等は風見鶏である。だから社会の評判や人気に敏感で、そんな人物に擦り寄ってくる。アクションを取る人物が人気の人物であれば、自分のリアクションも人気が出るだろうと短絡的に考えるのだ。だから彼等に決断などという主体的な行動はできない。信念も何もない、反応しか出来ない存在だからだ。まあ要するに、仕事を何もしていないということだ。決断できないことを人任せにして、分からないことは部下に押し付ける。他人の評価にしても自分なりの信念があるのではなく、社内の評判に従う。常に周りから情報が入っていないと何もできない、それがリアクション芸人である。

 

 まあリアクション芸人という時点で人間として既に充分悲惨なのだが、こうした人間ほど、やたらと忖度を要求するのだから困ったものだ。どこかの「勝負の3週間」とか「気の緩み」とか無益なリアクションを連発してる大臣が部下にひどいパワハラをしているという報道もあった。まあ顔つきを見れば別に驚くことではないが、リアクションしか取れない無能なら、忖度を求めるのはやめた方がいい。面白くないのにいじられるのを嫌がる芸人みたいで、非常にみっともない。そんな芸人達は、いっとき芸能界で成功したように見えても、何か不祥事を起こしても誰も庇ってくれず、速やかにTVから消えて、つまらないYouTuberにでもなるのがオチだ。どこかの大臣もそのうち再び下半身のスキャンダルでも報道されて、速やかに消えそうな気がする。

 

 そもそもマトモにアクションできない奴に、優れたリアクションなんて取れる訳がないのだ。だから、自然に学んだ実践的な思考を持たない人間に判断を委ねるのは危険なのである。日本の暗記教育は不自然で歪なアルゴリズムを育み、単なるリアクションにしても大袈裟なだけでセンスのまるでない不快な人間を育てる。それが、声が大きいだけ、うるさいだけで仕事ができない人たちであり、そんな人間に高い給料を払うようになってから、日本のモノづくりは完全におかしくなって、もはや取り返しがつかなくなっている。それでも、リアクション芸人らしく身分相応の生活や富を求めれば自分も他人も不幸にならないのだが、実際には職場のリアクション芸人達は、飽くことない金銭欲を追求し、恥と満足を知らない性欲を職場の若い女子社員に向け、怠惰であるが故に永久に満たされるはずのない名誉欲を追求するのだ。そんな人間がたまたま人の上に立ってしまうと、彼等は自分がリアクション芸人であるが故に満たされない欲求があることに不満を抱いて逆ギレし、他人の手柄を横取りし、無能のまま出世していく。そしてある日、トラブルが起きてようやく、自分は単なるリアクション芸人で、周囲のアクションに助けられて辛うじて生存していたに過ぎず、自分一人だけでは何の価値もないことに気づく。それが遅い人だと死後になるが、それほど悲惨なことはないだろう。何故なら死後には、自分の欠点に多少気づいたところで、それに歯止めを効かせる自然に触れ合う機会がもうないからである。

 

 みっともないリアクション芸人は、真面目に仕事をしてる人やしっかりアクションを起こしてる人たちからは必ず嫌われる。そして、どれだけ力関係を悪用してリアクション芸人が仕事を自分の手柄にしようとも、不正に得た富というのは必ず返さなければならないのである。何故なら、徳は他人から奪うことはできず、自分の中からのみ汲み出すことが可能なのだから。リアクション芸人はそれ自体が既に惨めさの証であり、運命にそれをたまたま許された人ほど悲惨な人はいないといっていい。彼等彼女らはどんな徳も知らず、ただ刹那的な略奪の快楽を求めて、永久に彷徨う亡霊のような存在だからだ。